パレード

壊れてしまった過去と現在の日常の断片
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 予報では東京にも雪が降るとか。

 雪が降って美しいものだけになった世界で、凍えたい。
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post time: 02:22, category: 日常, author: ナカムラ ユエ

 わたしをベッドに寝かせたまま去っていく、Hは一瞬、目を閉じぐっと眉根を寄せるそのしぐさが好き。

 これからはいい男の条件に眉間のしわが美しいことを加えようと思う。

 そんなことを朝から考えているわたしは不毛。
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post time: 11:22, category: 日常, author: ナカムラ ユエ

――あけましておめでとうございます。

 この挨拶をするべきか否か、これほど悩む年もめずらしいと思う。相手からおなじことばが返ってきたとき、心底ほっとする年もまた。

 皆が口を揃えて言うことだが、去年の3月11日の大地震以来、われわれの世界への接し方は大きく変わってしまった。いうなれば、世界に対し、われわれはいかに無力かということを、暗やみを歩いていて後方から棍棒で殴られ、倒れる間際にようやくじぶんが丸腰であることに気づく、そんなひどく暴力的な方法によって思い知らされた。

 習い性として、わたしは暴力を嫌悪すると同時に激しい恐怖と悲しみに襲われる。3月11日のことを考えるとき、目から涙が溢れてくるのをいまだにとどまらせることができない。わたしと、わたしのごく少数の周囲のひとたちは誰一人として損なわれていないにもかかわらず。それは癒えることを忘れてしまった痛みとしてわたしの内に確実に存在する。

 きょうまた大きな地震があった。わたしはそのとき実家にいて、父と弟が庭に出ており、母と二歳になる姪と、義妹とわたしが室内にいた。揺れに気づいたわたしたちはとっさに表に逃げ出した。

 話は逸れるが、ことばを覚えはじめたばかりの姪は、義妹を「ママ」と呼び、弟を「おとうさん」と呼ぶ。妙に几帳面なところがあって、お気に入りのねことうさぎのパペット人形をあやつってくれとねだる際、右手にねこを、左手にうさぎをはめないと、「ダメ、ダメ」と言って遊びをはじめてくれない。

 この姪は震災以降の経験しか持たず、おとなになる。それはわれわれとは世界への接し方が決定的に異なることを意味している。姪はどんなおとなになるのだろうか、そして、姪がおとなになる社会はどんなものになっているのだろうか。

 平成二十四年が平和で穏やかな年でありますように。そう願わずにはいられない。
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post time: 22:25, category: 日常, author: ナカムラ ユエ

 慣れないパーティに出席した帰り、心身ともに磨耗し、慣れないフレアスカートも慣れないハイヒールも、財布と携帯電話とSuicaよりほかは文庫本ですら入れられない小ぶりのバッグも、そのぜんぶを、そこらじゅうに力いっぱい投げつけでもしなければ、とてもおさまらないんじゃないかと思うほどの怒りをわたしは抱えていた。もちろんそんなことはしない。一応、社会の常識を備えたおとなの一人として、駅前の大型スーパーマーケットの入り口で、家族とつつましく温かな食事を囲むために集まっている人たちに向かい、全裸になって半狂乱に叫びだしたりすれば、そのあとどういう展開が待ち受けているかはわかっている。

 もともとそのスーパーは好きではなかった。商品が豊富で選択肢の多さに悩むし、立地がいいので早朝の数時間を除けばたいていはいつもレジが混雑している。レジに並んでいる間、前後の客がわたしの抱えている買い物カゴに無遠慮な視線を注いでくるのもいやだった。ふーん、できあいのものじゃなく魚を切り身で買うのは感心だけれど、一つあればじゅうぶんなのね、お気の毒さま。食パンは特売品のそれじゃなく、あっちのほうがだんぜんおいしいのに。だからわたしは2、3ヶ月に一度必要に迫られて、たとえばほかの店が閉まってしまった深夜にどうしても食料品を買わなければならないとか、近所ではここにしか売っていないメーカーのティーパックの買い置きが切れてしまったとか、あとはほんとうに心底疲れきってしまって、このまま家に帰ったらよからぬことをしてしまいそうなときに立寄るくらいだった。

 入り口で買い物カゴを手に取ると、左手のエスカレーターに乗って二階の生鮮食品売り場へ向かう。べつにほしいものがあるわけではない。でも無理にでも買うもの探していれば、怒りから離れて日常の生活に近づくことができる、これは一種の儀式なのだ。

 ふと、エスカレーターの数段前にいるのがHだということに気がつく。Hはおなじ街に暮らして、おなじ街で働いているのに、こういうふうに偶然にその姿を目にするのは初めてだった。Hは美しかった。こういう基準で男の人を見るのは初めてだった。Hの美しさは少なくとも、きょうのパーティに出席していた男たちのそれぞれのよいところだけをかき集めて一人の人間をつくったとしても、敵わないだろうという美しさだった。

 この考えにすっかり機嫌をよくしたわたしは、なおもHの背中に見とれるあまり、進路を横に切ったHの奥さんとぶつかってしまう。小さな声ですみません、と言って急いでその場を離れた。

 あとから聞いたところによると、この日、Hはわたしに気づいていた。ただしそれは、奥さんとぶつかったときではなく、わたしが生鮮食品のいくつかを買い物カゴにいれ、エスカレーターを降りているところだったという。

 もし運命というものがあるならば、定まったのはきっとこの日だ。
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post time: 12:07, category: 日常, author: ナカムラ ユエ

 Hが帰ったあとにはいつも熱を出す。

 すでに用量の3倍の薬を服用しているのに、さっきテーブルにこぼしたミルクのような淡く薄い眠りしかやってこない。それも自ら発するうめき声によってプツンプツンと中断せられる。

 布団の中にはもはやじぶんのからだが発しつづける熱と関節の硬く冷たい痛み以外存在せず、そこにHがいた痕跡を見出だすことは困難だ。

 唐突に小学校の保健室を思い出す。ほんとうに唐突に。わたしは清潔な白で統一されたベッドに体操着姿で横になっている。消毒液の匂いのする室内には保健室の先生もいるはずだが、ベッドは寝具と同じ色のカーテンに囲まれ、確認することができない。

 グラウンドからは子どもたちの歓声が聞こえる。そういえば、3時間目は体育だった。ドッヂボールの対抗戦を行っているのかもしれない。わたしがいなくともドッヂボールは滞りなく進行していくことについて、ぼんやりした頭で考えた。どのみち運動嫌いのわたしがいてもいなくても、チームへの貢献度合いはさして変わらない。

 カーテンが開き、保健室の先生がやってくる。熱を測りましょう。水銀計を脇の下に滑り込ませる。腕時計で確認して引き抜き、手に持ったファイルに書き付ける。

 おうちの人に迎えにきてもらったほうがいいと思うんだけど、お留守のようなの。お母さんは働きに出ているの?

――いいえ。

 それじゃ、どこに出掛けているか知っている?

――いいえ。・・・いえ、しっています。おかいものです。

 買い物? いつもそんなに長くかかるの?

――いいえ、きょうはとくべつ・・・わたしのたんじょう日だから。

 うっかりすると見過ごしかねない早さで先生はさっきとは異なる表情を浮かべ、またすぐに戻した。わたしには先生がそんなことをした意味がいまだによくわからない。

 気を取り直して先生は再び尋ねる。お父さんやほかの家族の人はいる?

――おとうとはようちえんにいっています。おとうさんはよるおそくまでかえってきません。おじいちゃんはいるけどべつべつのおうちにすんでいて、でんわばんごうをしらないし、れんらくをしてはだめだといわれています。

 先生はため息をひとつついた。夕方になったらまたおうちに電話をしてみるから、もうしばらく寝ていなさい。給食はここに運んでもらえるよう頼んでおくから。

 次の年も、さらに次の年もわたしは誕生日に熱をだした。生まれて初めて企画した誕生パーティーは翌月に持ち越された。

 わたしは子どものころからよく熱を出す。おそらくそこにはたったひとつの感情が引き金になっている――さみしい。
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post time: 04:39, category: 日常, author: ナカムラ ユエ

 夕方の駅前のコージーコーナーの混雑っぷりはそりゃすごいもんでした。クリスマスはみんなうれしそうでいいね。あんしんして浮かれているのがいい。

 シムラはなんだってこんな夜に死んだんだろう。こんな夜だから死にたくなったのか。

 シムラが死んでからこの数年の間にわたしもだいぶ死にたいことがあったけど、まだこうして生きて、暖かい部屋にいて、シムラの歌った歌を聴いています。

 せめて今晩だけでも、みんながうれしいでつながっていられますように。

 メリークリスマス。
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post time: 00:52, category: 日常, author: ナカムラ ユエ

 きょうはほんとにいそがしい。色紙をたくさん切ってわかざりにしないといけないし、ツリーのかざりをもういちど点けんしないといけないし、お母さんがやいているスポンジケーキに生クリームをたっぷりふわふわにつけないといけない。まぁくんはそういうのがにがてだからお姉ちゃんのわたしがやるの。まぁくんは外であそんでていいよっていったのに、わたしが切った色紙にのりをつけて、くるっとまるめてつなげているのを見ているのがおもしろいみたいでそばをはなれない。その顔があんまりまじめだったから、やってみる? ってきいたらやるって答えた。わたしはわかざりのつくり方をおしえてあげて、まぁくんでもできるように、ほんとはへやを二重にかざりたかったんだけど、一本でよしってことにする。わたしはティッシュペーパーを何まいか重ねて、はしからじゅん番におっていって、白いお花をつくる。

 台所からはケーキのやけるいいにおいがする。まぁくんはわかざりづくりにはすぐにあきて、いいにおいがするほうに行きたがっている。でもちゃんとやらない子にはサンタさんは来てくれないんだって、っていったらしぶしぶやりはじめた。まぁくんはサンタさんをしんじてる。わたしはお姉ちゃんだから、毎年プレゼントをくれるサンタさんはほんとはお母さんなんだよって、ことしはラジコンの車をヨーカドーでかったんだよって、おしえてあげたりはしない。クラスのいじわるな子たちは、弟や妹にそういうことしてたのしんでいるみたいだけど、そういうのってよくないことだと思う。

 お父さんは今ばんもおそくなるんだって。いっしょにごちそうを食べれないのはざんねん。でもケンタッキーもケーキもお父さんのぶんをちゃんと取ってておいてあげる。お父さんはきっとことしもご本をかってきてくれる。ご本はもう四さつになった。ようち園のときからクリスマスごとに一さつずつもらってる。お母さんがかってくれたご本や図書かんのご本もあるけど、お父さんサンタさんがくれるご本はとくべつ。朝になったらもらいたてのご本をつくえの本だなにそおっとならべるの。カバーをやぶいたりしないようにきをつけて。そうやってならんだご本を見るのがすき。このご本にはどんなことが書いてあるんだろうって考えてとわくわくするのがすき。

 いけない! くつ下の準びもしなくちゃ。くつ下はお母さんがわたしたちのためにつくってくれた。赤いフェルトをくつしたのかたち切ってぬいあわせて、みどりのフェルトでツリーのかたちにしてはりつけた。ビーズのかざりはじぶんたちでした。ツリーのてっぺんにはもちろんお星さまのビーズをつけたよ。きらきらしてとってもきれい。お母さんが名前をししゅうしてくれたから、まぁくんはサンタさんがプレゼントまちがえないねっておおよろこびしてた。お母さんはお友だちのみぃちゃんとまいちゃんの分もつくったけど、わたしのが一ばんすてきにつくってくれたの、ないしょだよ。いまはいつでも見られるようにツリーのそばにかざってあるから、ねる前にはちゃんとまくらもとにはおいておかなきゃ。

 もうゆうがたになっちゃった。たのしい時間ってあっという間にすぎちゃうっておとなはいうけど、わたしもこのごろそのい味がわかるようになってきた。こういうことをいうとお母さんはへんな顔をするから、そっとだまって考えるだけにする。

 あ、お母さんがよんでる。やけたケーキをさましている間にお買いものにいくんだって。ちょっといってくるね。すぐ帰ってくるからね、まってて。
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post time: 16:37, category: 分裂日記00, author: ナカムラ ユエ