Hが帰ったあとにはいつも熱を出す。
すでに用量の3倍の薬を服用しているのに、さっきテーブルにこぼしたミルクのような淡く薄い眠りしかやってこない。それも自ら発するうめき声によってプツンプツンと中断せられる。
布団の中にはもはやじぶんのからだが発しつづける熱と関節の硬く冷たい痛み以外存在せず、そこにHがいた痕跡を見出だすことは困難だ。
唐突に小学校の保健室を思い出す。ほんとうに唐突に。わたしは清潔な白で統一されたベッドに体操着姿で横になっている。消毒液の匂いのする室内には保健室の先生もいるはずだが、ベッドは寝具と同じ色のカーテンに囲まれ、確認することができない。
グラウンドからは子どもたちの歓声が聞こえる。そういえば、3時間目は体育だった。ドッヂボールの対抗戦を行っているのかもしれない。わたしがいなくともドッヂボールは滞りなく進行していくことについて、ぼんやりした頭で考えた。どのみち運動嫌いのわたしがいてもいなくても、チームへの貢献度合いはさして変わらない。
カーテンが開き、保健室の先生がやってくる。熱を測りましょう。水銀計を脇の下に滑り込ませる。腕時計で確認して引き抜き、手に持ったファイルに書き付ける。
おうちの人に迎えにきてもらったほうがいいと思うんだけど、お留守のようなの。お母さんは働きに出ているの?
――いいえ。
それじゃ、どこに出掛けているか知っている?
――いいえ。・・・いえ、しっています。おかいものです。
買い物? いつもそんなに長くかかるの?
――いいえ、きょうはとくべつ・・・わたしのたんじょう日だから。
うっかりすると見過ごしかねない早さで先生はさっきとは異なる表情を浮かべ、またすぐに戻した。わたしには先生がそんなことをした意味がいまだによくわからない。
気を取り直して先生は再び尋ねる。お父さんやほかの家族の人はいる?
――おとうとはようちえんにいっています。おとうさんはよるおそくまでかえってきません。おじいちゃんはいるけどべつべつのおうちにすんでいて、でんわばんごうをしらないし、れんらくをしてはだめだといわれています。
先生はため息をひとつついた。夕方になったらまたおうちに電話をしてみるから、もうしばらく寝ていなさい。給食はここに運んでもらえるよう頼んでおくから。
次の年も、さらに次の年もわたしは誕生日に熱をだした。生まれて初めて企画した誕生パーティーは翌月に持ち越された。
わたしは子どものころからよく熱を出す。おそらくそこにはたったひとつの感情が引き金になっている――さみしい。