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わたしはあまり物事について後悔をしない性質なのだが、

なぜ十代のうちに死んでしまわなかったのか。

どうせなんの役に立たない人生、未練たらしくなぜ生きることを選んだのか。

ひどい後悔に苛まれている。
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post time: 00:37, category: 日常, author: n.y.

たれからか憎しみの目を向けられる。
どこへいっても、どう振る舞っていてもかならずひとりはわたしを憎む。

これは血だ、とわたしはおもう。

わたしが実の父親を憎むように、かれもわたしを憎むのだ。
逃れられない定めとして。
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post time: 20:36, category: 日常, author: n.y.

脳神経系の難病を患い、認知症状をはじめとする身体の各機能低下が見えはじめてきた母をひとり在宅介護をしていた2年前のこと。毎日が文字どおりの修羅場だった。

家の中ではまぼろしの泥棒とつかみ合いの喧嘩をはじめ、いくら禁止をしても自動車で外出、民家に立ち入り警察沙汰にも。家事炊事はもちろん、お風呂介助、トイレ介助、見守り。早朝覚醒する母に合わせれば平均睡眠時間は3時間で、そのうえ会社にも出勤しなければならない。60手前とはいえ、若い頃からスポーツで鍛えてきたからだは、寝不足と過労のわたしよりを易々と凌駕する。

肉体的な限界は言うまでもなく、ここから逃げ出し何食わぬ顔で他所で暮らす母の夫への恨みを鬱積させていった日々だった。

病状にしても環境にしてもあすがきょうよりもよくなることは絶対に、ない。そう確信したわたしはみずからにひとつのルールを課した。

−あすへの希望は抱かない。きょうを終えたことに感謝だけする。

母は死んだが、このルールはいまもわたしの中に生きている。どのようにしても幸福で安楽な人生を望めないわたしが生き延びるための、これは覚悟だ。
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post time: 00:37, category: 日常, author: n.y.

さっきまで読んでいた小説の主人公の名前は「マリ」で、それはわたしの名前ではないけれど、名前を呼ばれたマリが振り返る、その顔はわたしによく似ていた。

お父さんのいないマリ、ホテルのお手伝いばかりさせられて友だちのいないマリ、怒鳴られてばかりのマリ、いつでもお母さんの影におびえるマリ、孤独な翻訳家に寄り添うマリ。

みんな身勝手にマリを傷つけていったけれど、マリはちゃんと愛されていた。

お父さんはお酒を飲んでもマリを怖がらせなかったし、お母さんは毎朝髪を結い上げマリの容姿を褒めたし、翻訳家は翻訳家にしかできない方法でマリを愛撫した。

すこしずつ、ふつう、から外れていってしまっていただけで。

愛されたいように愛されるとはかくも難しいものです。
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post time: 19:58, category: 日常, author: n.y.

48時間、わたしはベッドに横たわる肉塊となった。

もしたれかその姿を目撃したひとがいるとして、そうしたらフランシス・ベーコンの抽象画と錯誤するような。

輪郭は解け、シーツにまみれ、なにも思索せず、こんこんと眠る。

眠っている間にも、ほかの善良なる労働者たちとともに時間は正しく平等に流れる。

生きていてもなにも生産性のあるものごとを成し遂げられない肉塊は腐臭が色濃くなっていくのをただ待つばかり。
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post time: 16:02, category: 日常, author: n.y.

母が死んでから、わたしのこころはことばを持たなくなった。

よい方にとらえれば、これは朗報だ。
こころなど、悲観的な感情を嵐のように巻き起こすだけの存在なのだから。

けれどもわたしはちっともよい気分にはなれない。
むしろ息がつまるような思いがする。

この凪には腐臭がただよう。
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post time: 23:00, category: 日常, author: n.y.

母の夢をみる。

夢の中で母は、元気なこともあれば、病気で寝たきりだった晩年の姿のときもある。いづれにせよ、母の思うとおりに生きないわたしを裏切り者と責めるのだ。

目が覚めたあとがつらい。母亡きいま、関係は修復しようがない。

在宅での母の看病が限界を迎えていた、ちょうど一年前、わたしの疲労と絶望はピークで、そのときはいまとは真逆の夢をみていた、つまりは真綿にくるまれるような幸福な夢。

そのときも目が覚めたあとがつらかった。逃れようのできない、母との1対1での看病という現実が、肉体的にも精神的にものしかかってきて、思わず悲鳴をあげるほど。

なにがたのしくて生きているのだろうな、とおもう。

しばし考えて、もはや、生きることにたのしみを求めていないことに気がつく。

たのしくなくても生きていければ、それでいいのではなかろうか、生きていければ。

白昼夢は自殺企図。
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post time: 23:05, category: 日常, author: n.y.