さっきまで読んでいた小説の主人公の名前は「マリ」で、それはわたしの名前ではないけれど、名前を呼ばれたマリが振り返る、その顔はわたしによく似ていた。
お父さんのいないマリ、ホテルのお手伝いばかりさせられて友だちのいないマリ、怒鳴られてばかりのマリ、いつでもお母さんの影におびえるマリ、孤独な翻訳家に寄り添うマリ。
みんな身勝手にマリを傷つけていったけれど、マリはちゃんと愛されていた。
お父さんはお酒を飲んでもマリを怖がらせなかったし、お母さんは毎朝髪を結い上げマリの容姿を褒めたし、翻訳家は翻訳家にしかできない方法でマリを愛撫した。
すこしずつ、ふつう、から外れていってしまっていただけで。
愛されたいように愛されるとはかくも難しいものです。